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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)291号 判決

東京都千代田区丸の内2丁目2番3号

原告

三菱電機株式会社

同代表者代表取締役

志岐守哉

同訴訟代理人弁理士

高田守

竹中岑生

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

同指定代理人

本郷民男

岡部恵行

奥村寿一

長澤正夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成1年審判第19320号事件について平成3年9月19日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和57年10月12日、名称を「数値制御加工方式」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和57年特許願第178708号)をしたが、平成元年9月21日、拒絶査定を受けたので、同年11月24日、審判の請求をし、平成1年審判第19320号事件として審理され、平成3年9月19日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年11月5日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

入力されたワークの仕上形状に基づいて工具の加工経路を決定し、棒材ワークに所定の旋削加工を施す数値制御加工方式において、ワークの加工前の形状データを予め入力しておき、この形状データと上記加工経路データとからワーク形状と加工経路との交点を求め、上記工具が上記交点を基準にして上記ワーク形状の外側にあるか否かを判断し、外側にある状態においては切削送り速度よりも高速の空移動速度で工具を移動させるようにしたことを特徴とする数値制御加工方式(別紙図面参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  昭和48年特許出願公開第65385号公報(以下「引用例」という。)には、次のアないしキの記載がある。

ア、「工具とワーク素材間の接触信号を利用し、切削送り中でありながら該接触信号が出ない間はテープ指令値の切削送り速度の数倍の送り速度指令信号を出し、該接触信号が出た時にテープ指令値どおりの送り速度指令信号に切換えることを特徴とした工作機械の数値制御装置。」(特許請求の範囲)

イ、「本発明は数値制御工作機械における非切削時間を短縮し加工能率を向上するための数値制御装置の改良に関する。」(1頁左下欄12行ないし14行)

ウ、「NC工作機械のカッタパス及び切削条件は加工対象に応じてプログラマが予測計算しテープ情報としてNC制御装置に与え、これによって機械の運動は完全に決定されている。」(同欄15行ないし18行)

エ、「したがって、ワーク素材の寸法のばらつきや材質のばらつきを考慮して切削条件を安全側に取ることになり、NC制御による切削能率向上が必ずしも満足できる状態ではなかった。」(同欄18行ないし同頁右下欄3行)

オ、「早送りから切削送りへの切換位置のプログラムは、ワーク素材寸法と機械の応答性を考え十分安全側になるようにプログラムするため、実際にNCテープにより加工してみると早送り、切削送りの切換位置がワーク素材から離れた所になり、切削送りでありながら切削していない時間が意外に大きく、能率向上の大きな妨げとなっていた。」(同欄4行ないし11行)

カ、「このため、ワーク素材接近検出器の要望が強く、旋盤などではホール素子使用のものなどが考案されている。」(同欄12行ないし14行)

キ、「工具がワーク素材に接触した時導通するようにした簡単な工具・ワーク接触検出器を設置し、」(同欄20行ないし2頁左上欄2行)

これらの記載を総合すると、引用例には、

「数値制御(NC制御も同義語)加工では加工対象であるワークに応じてカッタパス(本願発明の加工経路に相当する。)を決定し、プログラマが機械の運動を完全に予測計算することが可能である(前記記載ウ)が、ワークの加工前の寸法がばらついているたるめに、早送りから切削送りへの切替位置を計算で予測したプログラムとする場合には、工具が接触する位置の相当に手前とする安全側に計算するため加工に要する時間が長い(前記記載エ及びオ)ので、工具が実際に接触する位置として検出するほうが正確で時間が短縮されるが、満足し得るワーク素材接近検出器がない(前記記載カ)ので、ワーク素材接近検出器を開発し加工能率を向上する必要がある(前記記載イ)」との課題のもとに、

「加工対象であるワークに応じて工具の加工経路を決定し、ワークに旋盤による所定の切削加工を施す数値制御加工方式において、ワークと工具との接触位置を早送りから切削送りへの切換位置としてワーク素材接近検出器で検出し、上記工具が上記早送りから切削送りへの切換位置を基準にして上記ワーク形状の外側にあるか否かを判断し、外側にある状態においては切削送り速度よりも高速の早送り速度で工具を移動させるようにした数値制御加工方式」とした発明が記載されているものと認める。

(3)  本願発明と引用例記載の発明とを比較すると、数値制御加工は目的とする形状を入力し、その形状に仕上がるようにワークを加工するのであるから、引用例におけるテープにより入力される情報(前記記載ウ)には、ワークの仕上形状が当然に含まれており、旋盤は棒材に旋削加工を施す工作機械であるから、棒材に旋削加工を施すことも引用例に含まれている。また、引用例記載の発明における「早送り速度」は本願発明の「空移動速度」に相当し、本願発明の「交点」は引用例記載の発明における「ワークと工具との接触位置であり」、したがって「早送りから切削送りへの切換位置」に相当する。

結局、本願発明と引用例記載の発明とは下記(一)の点で一致し、(二)の点で相違するものと認める。

(一) 一致点

入力されたワークの仕上形状に基づいて工具の加工経路を決定し、棒材ワークに所定の旋削加工を施す数値制御加工方式において、ワーク形状と加工経路との交点を早送りから切削送りへの切換位置として求め、上記工具が上記早送りから切削送りへの切換位置を基準にして上記ワーク形状の外側にあるか否かを判断し、外側にある状態においては切削送り速度よりも高速の早送り速度で工具を移動させるようにした数値制御加工方式

(二) 相違点

早送りから切削送りへの切換位置を求める手段が、本願発明では「ワークの加工前の形状データを予め入力しておき、この形状データと加工経路データとから求める」のに対して、引用例記載の発明では「ワーク素材接近検出器で検出する」点

(4)  そこで前記相違点について検討する。

引用例記載の発明では、前記記載ウ及びオに示されるように早送りから切削送りへの切換位置を含め、全ての運動の予測計算が可能であるが、ワーク素材の寸法のばらつき等から正確な計算ができないとして、実際のワークと工具との接触位置を検出器を用いて検出するという手段を選んだのであるが、引用例にも示されているように計算による予測は従来からもなされているから、本願発明のように「ワークの加工前の形状データを予め入力しておき、この形状データと加工経路データとから求める」ことに格別の工夫を要するとはいえない。

(5)  以上のとおりであるから、本願発明は、引用例記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の本願発明の要旨、引用例の記載事項、本願発明と引用例記載の発明との相違点の認定は認めるが、本願発明と引用例記載の発明との一致点の認定及び相違点に対する判断は争う。

審決は、引用例記載の発明の技術内容の認定を誤り、それにより本願発明と引用例記載の発明との一致点の認定及び相違点に対する判断を誤り、もって本願発明の進歩性を誤って否定したものであり、違法であるから取り消されるべきである。

(1)  取消事由1-一致点認定の誤り

審決は、引用例記載の発明において、テープに入力される情報にはワークの仕上形状が当然に含まれることをもって、本願発明と引用例記載の発明とは「入力されたワークの仕上形状に基づいて工具の加工経路を決定し、棒材ワークに所定の旋削加工を施す数値制御加工方式」である点で一致する旨認定している。

しかし、引用例記載の発明には、本願発明におけるような「入力されたワークの仕上形状に基づいて工具の加工経路を決定する」構成については全く記載されておらず、その示唆さえ存在しないものであり、審決の前記一致点の認定は誤りである。

引用例に記載された数値制御のプログラミングの方法から判断するに、通常、プログラマは、製作図面に描かれた素材形状と仕上形状とを基に、まず1ブロック(NC工作機械が一つの動作を行う単位として完全な指令のことをいう。)ごとの加工に必要な工具の移動経路を任意に設定し、この各ブロックごとの移動経路を、ワーク素材の寸法を基に予測計算により座標値を含む加工経路として設定し、更に、このような加工経路を基に、ワーク素材寸法のばらつきや材質のばらつきを考慮して早送りから切削送りへの切換位置を十分安全側になるように設定してこれに付加し、こうして作成された各ブロック単位の加工情報を最終的にテープ情報にまとめたものであると考えられる。したがって、引用例記載の発明では、テープ情報として作成された加工ブログラム中には、加工経路を構成するデータは一応存在するものの、仕上形状に関するデータは一切存在せず、しかも、加工経路データ自体はプログラマ自身が外部で計算した結果として入力したものであって、仕上形状を入力することによって自動的に決定されるようなものではないのである。

このように、引用例記載の発明の数値制御加工方式は、入力されたワークの仕上形状に基づいて工具の加工経路を決定するものではないので、審決の前記一致点の認定は誤りである。

(2)  取消事由2-相違点に対する判断の誤り

審決は、本願発明が早送りから切削送りへの切換位置を求める手段として相違点に係る構成を採用したことにつき、引用例にも示されているように、早送りから切削送りへの切換位置を含め、全ての運動の計算の予測は従来からもなされていることをもって、格別の工夫を要するとはいえないと判断する。

しかし、本願発明は、最終加工形状を入力すると、加工経路が一元的かつ自動的に決定されるようないわゆる固定サイクルや自動プログラム内蔵のNC装置において、ワークの加工前の形状によって生じる工具の空移動に起因する加工時間の著しい無駄を防止することを目的とし、予めワークの加工前の形状データを入力することにより、この形状データと予め決定された加工経路データとからそれらの交点を求め、この交点を工具の送り速度の切換位置として設定することとしたものであり、これにより、工具の空移動領域の送り速度を高速化することができるという顕著な作用効果を奏するものである。

一方、引用例記載の発明については、その特許請求の範囲には審決が認定したとおりの記載があり、また、引用例の発明の詳細な説明の項に「NC工作機械のカッタパスは加工対象に応じてプログラマが予測計算しテープ情報としてNC装置に与え、これによって機械の運動は完全に決定されている」(1頁左下欄15行ないし18行)と記載されているように、その加工経路は、予めプログラマが外部での予測計算により設定することを前提とし、しかも、工具速度の切換位置は、プログラマが加工経路を基に更に外部計算により求めるか、あるいはワークと工具とが接触したときに発生する機械的な信号を利用するかしたものである。

したがって、引用例記載の発明における予測計算という行為は、プログラマ自身がテープ情報を作成するに際して、工具の移動経路を基にしてNC制御装置に与えるカッタパスを含む切削条件を得るために、外部で行う極めて複雑な計算のことである。そして、そのプログラミングは、各交点の間の加工経路を1ブロックとしてそれぞれプログラミングする必要があるため、プログラマは各ブロックごとに複雑な計算を繰り返し行わなければならないものである。

以上のとおり、本願発明は、相違点に係る構成を採用したことにより顕著な作用効果を奏するものであり、引用例記載の発明における予測計算から格別工夫を要せず想到できるものではない。

よって審決の相違点に対する判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める。

2  同4は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

(1)  取消事由1について

審決は、引用例記載の発明の数値制御加工方式においては「加工対象であるワークに応じて工具の加工経路を決定」すると認定しているが、これは、審決認定の引用例のウの記載事項から明らかなとおり、引用例記載の発明の数値制御加工方式においては、カッタパス(加工経路)はテープ情報を作成する段階において、加工対象に応じてプログラマが予測計算することによるものである。

そして、その予測計算は、原告も主張するように、プログラマが製作図面に描かれた素材形状と仕上形状とを基に、工具の加工経路を設定するものである。

したがって、引用例記載の発明の数植制御加工方式においても、その加工経路を決定する段階においては(プログラマが自身の手計算により決定するか、計算機の自動計算により決定するかという問題とは関係なく)、ワークの仕上形状が入力されることは明らかである。

一方、本願発明は、その要旨からすると、加工経路を決定する段階での手順を実現する手段を装備として有することを規定していないので、本願発明と引用例記載の発明の数値制御加工方式の加工経路決定段階の対比に当たって、加工経路決定が「数値制御装置」の外部で行われるか否か、及び自動的に行われるか否かの比較は要しない。

したがって、本願発明と引用例記載の発明の数値制御加工方式は、「入力されたワークの仕上形状に基づいて工具の加工経路を決定する」構成を有する点で一致しているのであるから、審決の一致点認定に誤りはない。

(2)  取消事由2について

原告は、本願発明の数値制御加工方式は加工経路を決定する段階での手順を実現する手段を装備として有するのに対し、引用例記載の発明のそれは、加工経路を決定する段階での手順を実現する手段を装備として有しないという構成上の差異があるとして、本願発明と引用例記載の発明との効果(切換位置を簡単、正確に設定すること)の違いを主張し、もって審決の相違点に対する判断の誤りを主張する。

しかし、この主張が理由がないことは前(1)において主張したとおりである。

そして、引用例記載の発明においても、早送りから切削送りへの切換位置を「ワーク素材接近検出器で検出する」のであるから、簡単で正確である。

したがって、審決の相違点に対する判断に誤りはない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

また、審決の引用例の記載事項の認定及び本願発明と引用例記載の発明との相違点の認定は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。

1  本願発明について

成立に争いのない甲第3号証(特許願並びに添付の明細書及び図面)及び甲第5号証(平成1年12月25日付手続補正書)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のような記載があることを認めることができる。

(1)  技術的課題(目的)

本願発明は数値制御加工方式(以下「NC加工方式」という。)に関し、特に、棒状ワークに所定の旋削加工を施すものに関する。

NC加工方式は、被加工物(以下「ワーク」という。)に対する工具の位置をそれに対応する数値情報で指令制御し、ワークの加工を行うものであり、これによれば複雑な形状のものを容易且つ高精度に加工することができ、また生産性を向上させることができる。

ところで従来のNC加工方式においては、最終加工形状を入力すると、ワークの加工前の形状に拘わらず加工経路が決定され、そのためワークの加工前の形状によっては工具の空移動が増大し、加工時間に著しい無駄を生じる場合があるという問題があった。

第4図には、ワークの一例として予め切削されたワーク12が示され、第5図には最終加工形状20を得るための加工経路が示されている。このような前加工された異形状のワークにおいても最終加工形状に基づいて第3図と同様の加工経路が設定されている。第5図において、加工経路l1、l2、l3、l4はワーク形状を考慮しなかった場合の加工経路であり、このため、ワーク12の存在しない部分を工具18が比較的遅い加工速度で移動することとなり、加工時間に無駄を生じてしまう。

本願発明は、ワークの加工前の形状に応じて工具の空移動となる領域の移動速度を通常の加工時の移動速度より十分に大きくすることにより、工具の空移動による無駄時間を短縮できるNC加工方式を提供することを技術的課題(目的)とする(明細書1頁14行ないし4頁8行)。

(2)  構成

本願発明は、前項記載の技術的課題(目的)を解決するため、その要旨とする構成(特許請求の範囲記載)を採用した(平成1年12月25日付手続補正書3頁2行ないし11行)。

(3)  作用効果

本願発明に係るNC加工方式によれば、ワークの加工前形状に応じて工具の空移動領域の送り速度を高速化することができ、機械の無駄時間となる工具の空移動時間を短縮することができる。また、本願発明によれば、ワークの加工前の形状データを入力するだけでよいから、その手間が大幅に削減でき、特に自動プログラミング内蔵のNC装置として有効なものである(明細書7頁10行ないし14行、平成1年12月25日付手続補正書2頁14行ないし19行)。

2  取消事由1について

原告は、引用例記載の発明においては、加工経路はプログラマが予測計算して決定するもので、本願発明のように、入力されたワークの仕上形状に基づいて工具の加工経路を決定するものではないとして、本願発明と引用例記載の発明との一致点として審決が認定した事項のうち、本願発明と引用例記載の発明とが「入力されたワークの仕上形状に基づいて工具の加工経路を決定する数値制御加工方式」である点で一致するとの部分の誤りを主張する。

成立に争いのない甲第7号証によれば、新村出編「広辞苑」第2版補訂版(岩波書店昭和30年5月25日発行)の「にゅうりょく【入力】」の項には「〈1〉機械に外部から与えられる動力。〈2〉増幅器・計算機などに、外部から与えられる信号。〓出力」と記載されていることが認められ、また成立に争いのない甲第6号証によれば、同書第4版(1991年11月15日発行)の同じ項には、「機械・通信機・計算機その他の装置やシステムに、外部から動力または情報を与えること。また、その動力又は情報。インプット〓出力」と記載されていることが認められ、更に、成立に争いのない甲第8号証によれば、玉虫文一他編集「理化学辞典(第3版増補版)」(岩波書店1981年2月24日発行)の「入力」の項には「機械、装置、物質など、1つの系に外から供給されるエネルギーや信号をいう.(略)」と記載されていることを認めることができる。

このような「入力」という語の一般的な定義に加え、この語の一般社会における通常の用い方からすると、情報やデータを「入力する」とは、そのデータや情報をそのままの形(機械が読み取ることができるように穿孔テープ等の形にすることを排除しないことは勿論である。)で機械、装置に与えることを意味するものであり、機械、装置の取扱者が、そのデータや情報を一つの資料として、機械に一定の動作をさせるべき指令を作り出し、その指令を機械に与えるような場合を意味するものではない。

したがって、本願発明の「入力されたワークの仕上形状に基づいて工具の加工経路を決定し、棒材ワークに所定の旋削加工を施す数値制御加工方式」における「入力」とは、ワークの仕上形状に関する情報を穿孔テープ等にしてそのままの形で数値制御装置に与えることを意味するものであり、引用例記載の発明のようにプログラマが仕上形状等を資料として予測計算で加工経路を決定するようなものを含むものではないと解するのが相当である。

しかし、成立に争いのない甲第2号証及び前掲甲第3号証並びに弁論の全趣旨によれば、数値制御加工方式において、工作機械の動作指令のプログラミングには、本件出願当時、引用例記載の発明のような手動プログラミングと本願発明のような自動プログラミングとがあり、部品図面が与えられ、次に加工プランがたてられると、前者ではプログラマが素材形状と仕上形状とを基に加工経路を計算してテープにパンチングするのに対し、後者では仕上形状をコンピュータに入力することによって、加工経路を自動的に決定するものであることは、周知慣用の技術的手段であり、両者は仕上形状に関する情報が加工経路を計算する基礎となっている点においては共通であることが認められる。

そうだとすれば、本願発明において自動プログラミングを採用したことは、引用例記載の発明における手動プログラミングを単に周知慣用の技術的手段である自動プログラミングに転換したにすぎないものであって、単なる構成の変更に当たり、両者はこの構成において実質的に同一というべきである。

そして、前認定のとおり、本願明細書に「ところで従来のNC加工方式においては、最終の加工形状を入力すると、ワークの加工前の形状に拘わらず加工経路が決定され、そのためワークの加工前の形状によっては工具の空移動が増大し、加工時間に著しい無駄を生じる場合があるという問題があった。」と記載されていることから明らかなとおり、本願発明は、「入力されたワークの仕上形状に基づいて工具の加工経路を決定し、棒材ワークに所定の旋削加工を施す数値制御加工方式」という周知の数値制御加工方式において、更に加工前の形状を入力して交点を求め、その交点の内外によって工具の移動速度を切り換えるようにしたものである。

すなわち、本願発明が進歩性を有するか否かの判断において意味のあるのは、本願発明が、仕上形状を入力して加工経路を決定する周知の数値制御加工方式において、更にワークの加工前の形状を入力して加工経路との交点を求め、その交点の内外によって工具の移動速度を切り換えるようにしたという点である。

この点については、審決は、本願発明と引用例記載の発明とは、「早送りから切削送りへの切換位置を求める手段が、本願発明では「ワークの加工前の形状データを予め入力しておき、この形状データと加工経路データとから求める」のに対して、引用例記載の発明では「ワーク素材接近検出器で検出する」点で相違する」として、本願発明と引用例記載の発明との相違点(この相違点の認定については、原告は争わない。)として認定し、引用例記載の発明の技術内容の正しい認定に基づいて、本願発明がその相違点に係る構成を採用したことの困難性の有無について判断を加えているのである。

したがって、審決の一致点の認定の誤りを理由に審決の違法をいう原告の主張は理由がない。

3  取消事由2について

原告は、本願発明は、相違点に係る構成を採用したことにより、顕著な作用効果を奏するものであり、切換位置を予測計算で求める引用例記載の発明から容易に想到することができたものではないとして、審決が相違点に対して示した判断の誤りを主張する。

審決は、本願発明が相違点に係る構成を採用したことにつき、引用例に示されているように計算による(切換位置の)予測は従来からもなされていることから、格別の工夫を要することとはいえないと判断している。

引用例記載の発明のような数値制御加工方式において、切換位置を計算により予測するについては、当然加工経路や加工前の形状はデータとして利用されるものであるから、それらのデータを用いての予測計算をコンピュータにより自動化するという程度のことは当業者にとって格別困難なことではなく(本願発明においても、ワークの加工前の形状データと加工経路データから交点を求めるとしているだけで、自動化の具体的なシステムを明らかにしていないが、それは周知の技術であるからと認められる。)、審決の前記判断に誤りはない。

前認定のとおり、本願明細書には、本願発明の奏する作用効果として、ワークの加工前形状に応じて工具の空移動領域の送り速度を高速化することができ、機械の無駄時間となる工具の空移動時間を短縮することができる旨、また、ワークの加工前の形状データを入力するだけでよいから、その手間が大幅に削減できる旨が記載されている。

しかし、工具の空移動領域の送り速度を高速化し、機械の無駄時間となる工具の空移動時間を短縮するという点についてみれば、引用例の特許請求の範囲に記載された発明及び引用例に従来例として記載されたワーク素材接近検出器で切換位置を検出する発明のいずれもそのような作用効果を奏することはできると認められ、その点で本願発明が引用例記載の発明により格別に優れているということは到底できない。

原告は、引用例記載の発明がプログラマの予測計算で加工経路を決定するので複雑で時間がかかることを挙げるが、それは、切削加工の準備の段階の問題であり、切削加工中の工具の空移動領域の送り速度の高速化という作用効果の観点からは何ら関係がないことである。

また、本願発明においてはワークの加工前の形状データを入力するだけでよいから、交点(切換位置)を決定する手間が大幅に削減できるという点についても、それはコンピュータにより自動化したことによる当然の効果であり、何ら格別のものではない。

以上のことからすると、審決が相違点に対して示した判断に誤りはない。

4  以上のとおり、原告の審決の取消事由の主張は理由がなく、審決に原告主張の違法はない。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条の規定を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

別紙図面

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